四十路の勉強日記

子持ちの専業主婦が心理学の勉強始めました

勉強50~53日目(と、昔の『将来の夢』)

今日はこころ検定2級(メンタルケア心理士)の勉強を始めて53日目です。

実家に帰っていた2日間はサボっておりましたが
帰宅後からまた頑張っています。

今日は第5章を終えました。

残すところ6章のみ!

あとはDVD2枚と添削問題。

それが終了したら3冊目のテキストに入れます。




6章は、薬剤論です。

私、実は、中学生の頃から薬学部に入学するのが夢でした。

きっかけは、父が薬の卸の会社に勤めていて、
父は薬剤師でもなければMRでもないのだけど、
家には薬の分厚い事典があって、
その事典を見なくても、父はたいがいの薬を知っていました。

たいがいの、といっても、
たぶん子どもだった私からしたらそう見えただけなのだと思うけど、
病院から貰ってきた薬は家族みんな必ず父に見せて、
「あー、これは〇〇だな、うんたらかんたら」
というのがとても格好良く見えて。

私は薬剤師になろう!と思ったのでした。

当時、私は理科はあまり得意ではなかったけれど
数学がとっても得意で、社会が苦手だったので完全に理系だと思っていました。

高校に進学して、相変わらず数学は得意で
生物はイマイチだけれど化学がすごく面白かったので、
やはり理系クラスに進みました。

2年生の後半から、あれあれ?数学の成績が落ち始めました…!
しかし、化学は大丈夫。

やっぱり化学は面白い!と感じたので
薬学部に進学して、薬剤師ではなく、薬を作る研究員になりたい!
と思うようになりました。

私は全体的にはあまり賢くはなかったので、国立は無理だと判断し、
大学は私立で、その代わり大学で一生懸命勉強して国立の薬学部の大学院に進学するぞ!と意気込んでおりました。

だがしかし。

本当に親には申し訳ないのだけど、
当時家から通える範囲にあった私立の薬学部、ほぼ全日程受けて、全落ちしました…。

そして、迷うことなく浪人を選びました。

うちは決して裕福なわけでもないのですが、
兄が2人いて2人とも浪人経験者だったので、
私も浪人することに抵抗がありませんでした。

浪人するからには大学から国立へ!

と思って頑張ったけれど…

途中で挫折したというかセンター試験に失敗したというか、
そんな感じでまたもや私立オンリーで受験しました。

現役のときとの違いは、
滑り止めを受けたこと。

現役のときは、受かったら行く大学しか受けませんでした。
ほぼ全部の私立の薬学部を受験したと書きましたが、
1つだけどうしても行きたくない大学があって、
その大学の薬学部だけは受けませんでした。

だけど、浪人生だし、そんなこと言ってられないから
行きたくない大学も受けました。

あと、現役のときは薬学部しか受けなかったけど、
浪人のときは薬学部以外も受けました。

工学部と理工学部の、応用化学科。

で、結果、受かったのは
行きたくない大学の薬学部と、行きたくないわけでもない大学の工学部でした。

その2つだけ。

当時、めっちゃ悩みました。

薬学部に行かなければ、絶対に薬剤師にはなれない。

でも、私は薬剤師になりたいわけではなくて
薬の研究がしたい。
大学院に行くことを考えれば工学部の方がまだ良いのでは。

で、結果、工学部に行きました。

これが良かったのか悪かったのか、未だに分かりません。

結局私は大学に行っても落ちこぼれて
大学院になんか到底行けず、

小さな企業の研究員にはなれたけど
そこでも落ちこぼれてついていけず…

その頃には結婚しててなかなか子どもを授かれずにいたので
不妊治療を口実に退職。

私は一体何やってるんだろう?

一体私にいくら学費払ったと思ってるんだ。
親に申し訳ない…。

大学を卒業して15年経とうかというのに、
まだこんなこと悶々と思っています。

公認心理師臨床心理士になれたら吹っ切れるのかな?
なんて気持ちもあり。

そんなための資格ではないのだけれど。

なりたいものに本当になれる人の方がきっと少ないのだから、
私と同じようにこういう名前のよく分からない気持ちが燻ってる人、他にもいるかな。

自信を持って生きたいなぁ。

最近、いや、昨日今日の話だけど、
なんだか落ち込むことがあって自分の人生を考えてしまいます。



自分の子どもたちには、生き生きと毎日楽しく充実した生活を送って欲しいなあ。

30代になっても40代になっても、いつまでも。